| フィリピン簡易年表 | ||
| 2万5千年〜3万年前 この頃からネグリト族が移動してくる | ||
| 紀元前5千年もしくは1万年頃からマレー人が移動してくる | ||
| 紀元前1500年頃からマレー人のイフガオ、ボントック族等が移動してくる | ||
| 紀元前500年頃から紀元後数世紀にかけて現在の大部分を占めるフィリピン人の先祖であるマレー人(タガログ、イロカノ、パンパンガ、セブアノ族等)が移動してくる | ||
| 7世紀頃から中国人の移民が始まる | ||
| 10世紀頃 中国との通商が確立 | ||
| 1250頃 | −− | マラグタス法典成立(最古の成文法、パナイ島) |
| 1372 | −− | 中国へ朝貢使節 |
| 1433 | −− | カランティアウ法典成立(最古の刑法、パナイ島) |
| 1450 | −− | 最初のイスラム王国、スルー王国が成立 |
| 1521 | 3.17 4.27 |
マゼラン、サマール島に上陸 マゼラン、マクタン島でラプラプ率いる原住民に殺される |
| 1542 | 5.18 | ヴィラロボス探検隊、時の皇太子(フェリペ2世)にちなんでフィリピン諸島と命名 |
| 1565 | 4.27 | レガスピ遠征隊、セブ島征服 |
| 1569 | −− | パナイ島征服 |
| 1571 | 5.19 -- |
ムスリム王ラジャ・ソリマンを退けマニラ占領 レガスピ初代総督、マニラを首都に |
| 1572 | −− | ガレオン貿易始まる |
| 1574 | −− | 中国の海賊林阿鳳、フィリピン攻撃 |
| 1578 | −− | スペイン、モロ族への攻撃を始める |
| 1585 | −− | パンパンガで反乱起こる |
| 1600 | 12.4 | オランダのフィリピン攻撃始まる、1848年まで繰り返される |
| 1603 | −− | 初めての中国人反乱(1762年までに5回) |
| 1606 | −− | 日本人の反乱 |
| 1621 | −− | カガヤンで反乱起こる |
| 1649 | −− | サマール島で反乱 |
| 1660 | −− | パンパンガ、パンガシナン、イロコスで反乱 |
| 1745 | −− | タガログ反乱 |
| 1762 | 10.5 | イギリス、東インド会社の軍がマニラ占領(2年間) |
| 1785 | −− | 王立フィリピン会社設立 |
| 1821 | −− | メキシコ独立、スペイン本国の直轄地となる |
| 1834 | 9.6 | マニラ開港、欧米商人の活動活発化 |
| 1869 | −− | スペイン自由主義革命による暫定共和国、デ・ラ・トレ総督を派遣、歓迎される |
| 1871 | −− | スペイン立憲君主復活によりデ・ラ・トレ解任、イスキュド総督の保守政権 |
| 1872 | 2.17 | ゴンブルザ事件(以降フィリピン人神父、知識人に対する弾圧強化) |
| 1873 | −− | スエズ運河開通(1869)による、マニラ・スペイン航路開設 |
| 1887 | −− | ホセ・リサール「ノリ・メ・タンヘレ」出版 |
| 1889 | 2.15 | バルセロナにて「ラ・ソリダリダード(団結)」発刊(プロパカンダ運動) |
| 1892 | 7.7 | リサール帰国(6.26)、フィリピン同盟結成(7.3) リサール流刑、ボニファシオ秘密結社カティプナン結成、武力革命へ |
| 1896 | 8.30 8.31 12.30 |
ボニファシオ、武装蜂起(バリンタワクの叫び) アギナルド、カビテで武装蜂起 リサール処刑 |
| 1897 | 3.22 5.10 11.1 12.15 |
アギナルド、革命政府を樹立、大統領に ボニファシオ、アギナルド派により処刑 憲法を採択、ビヤクナバト共和国発足 ビアクナバト協定、アギナルド香港へ亡命 |
| 1898 | 4.24 5.1 5.19 6.12 8.13 9.15 12.10 |
米西戦争勃発、翌日米はフィリピン攻撃を命令 マニラ湾海戦で米勝利、マニラ湾封鎖 アギナルド帰国 カビテで独立宣言 米軍マニラ占領、フィリピン軍の入城拒否 マロロス(ブラカン)で革命議会 パリ講和条約、アメリカの領有に |
| 1899 | 1.21 1.23 2.4 11.12 |
アギナルド、マロロス憲法公布 マロロス共和国(第1次共和国)樹立 米比戦争勃発 アギナルド正規軍を解体、ゲリラ戦へ |
| 1900 | 5.2 | アーサー・マッカーサー軍政長官に就任 |
| 1901 | 7.4 | 民政府発足、タフト初代総督 |
| 1902 | 7.1 7.4 |
米議会、1902年フィリピン組織法成立 ルーズヴェルト大統領、フィリピン平定宣言 |
| 1906 | −− | 独立を綱領とする政党の禁止令解除 |
| 1907 | 3.12 7.30 |
即時独立を綱領とするナショナリスタ党結成 第1回総選挙、ナショナリスタ党第1党に(ケソン、オスメーニャ体制 |
| 1911〜1912 | −− | 議会とフィリピン委員会の軋轢激しく予算成立せず |
| 1913 | −− | 米民主党政権によるハリソン総督就任、自治化を推進 |
| 1915 | −− | スルー王国と協定、米の支配下に |
| 1916 | 8.29 10.16 |
ジョーンズ法(自治法)成立、将来の独立 フィリピン人議員による二院制、上院議長ケソン、下院議長オスメーニャ |
| 1923 | 7.17 | 内閣の危機、ウッド総督と対立、閣僚、国家評議会委員辞任 |
| 1929 | −− | 社会党結党 |
| 1930 | 11.7 | 共産党結党(PKP) |
| 1931 | 1.10 | パンガシナンで反米の反乱 |
| 1933 | 4.4 | 米議会フィリピン独立法(ヘア・ホーズ・カッティング法)成立、比議会受諾拒否 |
| 1934 | 3.23 | 米議会フィリピン独立法(タイディングス・マクダフィー法)成立、比議会受諾 |
| 1935 | −− | サクダル党急進派武装蜂起 総選挙、ケソン、オスメーニャ正副大統領 コモンウェルス発足 |
| 1937 | −− | 女性参政 |
| 1938 | 11.7 | 社会党、共産党合併 |
| 1941 | -- 12.8 |
フィリピン軍、米極東軍(USAFFE)に統合 日米開戦 |
| 1942 | 1.2 1.3 2.20 3.29 4.9 5.6 5.7 12.30 |
日本軍マニラ入城 本間中将、軍政布告 ケソン、コレヒドール脱出(米で亡命政府樹立) フクバラハップ(抗日人民軍)結成 バターン陥落(バターン死の行進) コレヒドール陥落 ウェインライト将軍、降伏宣言 カリバピ(新生比島奉仕団)発足 |
| 1943 | 10.14 | 第2次共和国発足、ホセ・P・ラウレル大統領 |
| 1944 | 8.1 10.20 |
ケソン死去、オスメーニャ亡命政府大統領に マッカーサーレイテ上陸(オスメーニャ、タクロバンを臨時首都にコモンウェルス再開) |
| 1945 | 2.3 8.15 8.17 |
米軍マニラ突入(コモンウェルス政府マニラへ) 日本無条件降伏 ラウレル、亡命先の日本で共和国を解散 |
| 1946 | 1.8 4.23 5.30 -7.4 |
ナショナリスタ党分裂(ロハス、リベラル党結成へ) 総選挙、ロハス、キリノ正副大統領 米、フィリピン復興法、通商法(ベル通商法)成立 ロハス政権発足、フク団タルクらの議席剥奪(フク団武装蜂起) 独立宣言、フィリピン共和国成立 |
| 1947 | 1.28 4.15 |
米比軍事基地協定、軍事援助協定 |
| 1948 | −− | 対日協力者に特赦、ラウレル復帰 ロハス急死、キリノ昇格 |
| 1949 | 11.8 | 総選挙(腐敗選挙)、キリノ再選 |
| 1950 | 3.29 9.1 |
フク団の一斉蜂起 マグサイサイ国防長官に、フク団鎮圧へ |
| 1951 | 11.17 | 地方、上院選挙でナショナリスタ党大勝 |
| 1953 | 4.12 11.10 |
マグサイサイ国防長官辞任、ナショナリスタ党入党 マグサイサイ、キリノに圧勝、大統領に |
| 1954 | 5.16 12.15 |
フク団指導者タルク投降 ベル通商法改訂 |
| 1956 | 5.9 | 日比賠償協定調印 |
| 1957 | 3.17 11.12 |
マグサイサイ飛行機事故でで死去、ガルシア副大統領が昇格 ガルシア大統領再戦 |
| 1961 | 11.14 | リベラル党のマカパカル勝利、大統領に自由化路線 |
| 1962 | 6.22 | サバ領有権を主張 |
| 1965 | 11.8 | リベラル党の指名争いでマカパガルに敗れたマルコス上院議員、ナショナリスタ党に鞍替え大統領選で勝利 |
| 1966 | 9.16 |
ラスク・ラモス協定、米軍基地の使用期限短縮 ベトナム反戦運動 |
| 1968 | 12.26 |
ミンダナオ独立運動 シソン(ゲレロ)毛沢東主義共産党(CPP)創設 |
| 1969 | 3.29 11.11 11.30 |
フク団残党のダンテ、共産党軍事部門NPA(新人民軍)創設 マルコス再選 フィリピン軍、ベトナムから撤退 |
| 1971 | 11.7 | 中間選挙で野党リベラル党圧勝 |
| 1972 | 9.23 | マルコス、戒厳令布告 |
| 1973 | 1.17 | 新憲法公布 |
| 1976 | 12.23 | トリポリ協定、政府とモロ民族解放戦線(MNLF)停戦協定 |
| 1977 | 11.25 | アキノ元上院議員に死刑判決(大統領特赦にて終身刑に) |
| 1980 | −− | アキノ元上院議員、アメリカに亡命 |
| 1981 | 1.17 6.16 |
デューイ・ディー事件(金融不安へ) 戒厳令停止 マルコス再選 |
| 1983 | 8.21 8.31 |
アキノ元上院議員帰国、マニラ国際空港で暗殺される アキノ葬儀に200万人の市民が参列 |
| 1985 | 12.1 12.11 |
アキノ夫人大統領選出馬表明 野党連合成立 |
| 1986 | 2.7 2.15 2.22 2.23 2.25 |
大統領選挙 国民議会、与党単独でマルコスの当選を宣告 エンリレ国防相、ラモス参謀副総長らが決起 シン枢機卿の呼び掛けに応じた市民がヒューマンバリケード アキノ大統領就任の宣誓、マルコス米軍ヘリで国外脱出 |
| 1987 | −− | 上下両院復活、国民投票で新憲法制定 マルコス忠誠派、国軍改革運動派の反乱、クーデター事件 |
| 1989 | 12.1 | 国軍反乱 |
| 1990 | 7.16 | ルソン島で大地震 |
| 1991 | 6.9 | ピナツボ火山大噴火 |
| 1992 | 5.11 | すべての米軍基地が撤退 23年ぶりの民主的な大統領選挙でラモスが当選 |
| 1995 | 南シナ海領有権問題で中国との対立激化 | |
| 1996 | 9.20 | 政府とMNLF、和平協定調印(20年ぶりの和平協定) MILF(モロ・イスラム解放戦線)との和平交渉合意せず、NDF(民族民主戦線)との交渉も難航 > |
| 1996 | 9.2 | 大統領にエストラーダ当選 |
| 2001 | 2.11 | エストラーダ任期途中で失脚 副大統領アロヨが大統領に就任 |
| 2004 | 5.16 | アロヨ大統領選挙で当選 |
フィリピンの年表
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