太平洋戦争関連リンク集
さて今年もあの忌まわしき太平洋戦後63年目を迎えます。
取分け私達の関係しているフィリピン戦線の悲惨さは語りつくせぬ苦難の戦い
だったと聞いています。
最近読んでいるセブ島駐屯部隊の「玉兵団」「抜兵団」「豹兵団」などのフィリピン諸島の
最南から最北のアパリまでの敗走の記録で3万いた兵士が数千人になるまでの辛く長い
歴史は心が痛む思いで読みました。
海軍部隊が陸に上がってアメリカ軍セブ島上陸作戦をどのような思いで戦ったのか等は
正に地獄の様だったと想像致します。
戦争はいつの世でも肯定出来ません。
特に自らの命を国の為と信じ南の海の藻屑となった日本軍兵士と、犠牲になったフィリピン人
民間人に対し哀悼の誠を捧げたいと思います。 合掌。
マバラカットの神風慰霊碑
昭和49年5月7日、フィリピン人 ダニエル・H・デイゾン氏によってマバラカットの海軍201空基地跡に「第二次世界大戦に於いて日本神風特別攻撃隊が最初に飛び立った飛行場」が建立された。記念碑の除幕式に
多数の参列者が有ったにも係わらず、日本からの参加者は一人もいなかった。日本人が忘れている神風特攻隊の偉業を、外国人が認め顕彰したのである。

碑文(原文は英語)
神風特攻隊全戦没者の碑
ここは第二次世界大戦当時最初のカミカゼ基地、マバラカット東飛行場跡です。カミカゼ特攻隊は昭和十九年十月二十五日大西海軍中将によってマバラカットで編成された。最初の志願者は当地に進駐していた帝國海軍第一航空艦隊第二〇一航空隊所属の搭乗員二十四人でした。最初ミカ
ゼ隊指揮官は、大尉関行男で「神風特別攻撃隊」と呼ばれ敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊の四隊に分かれていた。昭和十九年十月二十五日敷島隊は関大尉指揮のもとに午前七時二十五分ここを飛び立った。部下隊員は一等飛行兵曹中野磐雄、一等飛行兵曹谷暢夫、飛行兵長永峰肇、上等飛行兵大黒繁男でした。同日午前十時四十五分レイテ近海にて米海軍空母群を発見。先ず関大尉機が米艦セイントローに体当り爆破二十分後に沈没させ隊員機は米艦カリニンベイ同キトカンベイ同サンガモン同サンテイ同スワニー同ホワイトプレンズを攻撃した。戦果では関行男大尉を「世界最初の正式人間爆弾」としている。第二次世界大戦終了までのカミカゼ特攻の戦果は米艦隊の撃沈又は大破合計三二二隻兵員に与えた損害九〇〇〇人以上であった。そしてカミカゼ隊員五〇〇〇人の内四六〇〇人が戦死した。カミカゼ特攻はすべての世界史に記録の例のない壮挙であり又歴史のあきらかにするところによればその背後にあった理念は正に凡ての国が相互尊重と機会均等の原則に従って共存共栄を偕にする世界の秩序と平和の確立をひたむきに願いその実現のため散華したことです。この碑は、神風特攻隊戦没者全員と米国および連合国の犠牲者のために建立されたものである。訪問者はこれら英霊の永遠の鎮魂と世界の恒久平和のために、祈りを捧げてください